明日の物語

今日この日、そんな物にも禁断は隠れている。

明日の物語—ロウナ翁語りき

 フェネスが周期を創った。兄たるファリスが地上を支配する間を光の半周期、自らが支配する間を闇の半周期と呼び、両の半周期を合わせて小周期とした。これが、フェネスが定めた最初の周期であった。

 小周期が出来て間もない頃、スマーシュとタルキィーが、最も美しい女神ラフォンテールを取り合っていた。スマーシュは鸚鵡の神獣を持ち上げ、宥め、賺し、脅し、騙してラフォンテールを手に入れようとしたが、言葉を司るタルキィーはその悉くを看破し、一歩も譲らなかった。

 やがて、自分のみがラフォンテールと時を過ごそうと考えていた両の神獣は、同時に諦め、手を打った。「お前が今日をラフォンテールと過ごすがいい」とタルキィーが言った。「わたしは次の周期を頂こう」。スマーシュはほくそ笑みながらこれを受け入れた。スマーシュが頷くと、沈黙の鸚鵡は「明日また会おう」とラフォンテールに言い残して、密林へと姿を消した。

 日は暮れようとしていたが、スマーシュは焦らなかった。永遠の逃亡者を追い駆け、捕まえ、共に同じ時を過ごすのに今日という周期を使うことができる。日が落ちて昇り、ファリスが顔を出すと、また今日となる。永遠に、今日が続くのだ。小周期とは、まるで自分の為、今この時の為にフェネスが誂えてくれたかのようだ、とスマーシュは思った。言葉の裏側を覗き見る我等が神獣は、タルキィーの提案を聞いてすぐにこのことに思い至っていた。スマーシュはのろのろとラフォンテールを追い駆け始めた。

 スマーシュが鹿の子斑の尻を追い駆けているうちにすぐに日は暮れた。じき、月が顔を出した。今宵のフェネスは目を細め、夜のクリスタニアには殆ど光が差し込まなかった。森林に紛れるラフォンテールが一層目に留まらず、スマーシュは苛立ち月を睨んだ。細く細く、明日には消えてしまいそうなフェネスだった。狐は「明日また会おう」という鸚鵡の言葉を思い出した。細めた目を大きく開き、知らず脚を留めていた。己の過ちを知ったのだった。

 スマーシュが知ったのは明日は今日ではないということだった。この闇の半周期では、フェネスはまだその姿を保っているが、次の闇の半周期にはすっかり隠れてしまっているだろう。そうなればもう、枝角の大鹿を追い駆けることはできない。光が無いからではない。今日とは違う小周期が、明日となってやって来るからである。月の細さの移り変わりがそれを明かしている。

 スマーシュは鳴いた。

 スマーシュの声は遠くベルディアの地まで響いた。それを聞いたタルキィーは、己の過ちを知った。完成された世界の礎となる周期、その最初の存在である小周期の完全ではないことを双尾の狐に知られてしまった、とタルキィーは悟ったのだった。翠色をした鸚鵡の神獣は、二度と禁断を漏らさぬよう己に罰を課し、密林にある洞穴の奥底でその羽を封じた。小周期を三十集めて罰の期間とし、再びフェネスが空からその姿を隠して地上に降り立つ時、許しを請いに向かうことを決めた。この期間は月周期と呼ばれた。

 沈黙の鸚鵡は沈黙を深めた。

 永遠の逃亡者ラフォンテールは、スマーシュが解きほぐした今日と明日の狭間を縫って逃げおおせたのであった。

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